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ライプツィヒ・バッハ音楽祭で細川俊夫の新作《旅Ⅹ -野ざらし-》世界初演

2009年 5月22日付

細川俊夫の尺八とアンサンブルのための《旅Ⅹ -野ざらし-》がドイツのライプツィヒでおこなわれるバッハ音楽祭で、6月14日に世界初演される。田嶋直士の尺八、イラン・ヴォルコフ指揮ムジーク・ファブリックによる演奏。演奏会は、バッハがカントルとして晩年まで音楽活動の拠点としていた聖トーマス教会でおこなわれる。

演奏会の詳細(ライプツィヒ・バッハ音楽祭のウェブサイト)


[作曲者によるプログラム・ノート]
この作品は、ライプチッヒのバッハ音楽祭の委嘱で作曲した。
 バッハの音楽は、ヨーロッパ音楽の最も高く豊かな音楽宇宙であり、非ヨーロッパ圏の日本から来た私にとっては、最も遠い音楽かもしれない。バッハの音楽祭で初演される作品ということで、私はそのバッハの生きた時代に近い、しかしバッハの音楽からは最も遠い音楽性を持っている日本の16,17世紀に生まれた尺八音楽を考えた。これは日本の禅寺に生まれた瞑想的な音楽で、一本のシンプルな竹に穴をあけて、奏者の強い息によって、一つの豊かな音を生み出そうとする。これは音楽作品を演奏するというよりは、人が、自己の精神的、肉体的な鍛錬のために、全身体を使って強い豊かな一つの音を追い求める、「行」の音楽である。私にとってこの音楽は、日本の最も瞑想的でスピリチュアルな音楽である。バッハの音楽は、永遠が住む音の豊かなポリフォニーによる建築であるとすると、尺八音楽は、たった一つの音の中に宇宙の響きを聴こうとする。そこに「永遠」は住むことはなく、生まれては消えていく「情」なものの悲しさと美しさがある。
 異なった音楽思考を持つとはいえ、バッハの無伴奏チェロ組曲のような音楽と、この尺八音楽とは、どこかでスピリチュアルな共通性はないだろうか。
 私はこれまで「旅」というシリーズで、独奏楽器を人、背景の小オーケストラを人を囲む自然、宇宙ととらえてたくさんの協奏曲を作曲してきた。この尺八を独奏とする「旅Ⅹ」では、芭蕉の次の句をテーマとした。

 野ざらしを心に風のしむ身かな
 
 「旅」が大きなテーマであった芭蕉は、「野ざらし」―野垂れ死に―することを覚悟で人生の旅の途上にいる。その身体に、深く秋の風がしみていく。心と身体に、風がしみとおっていく。それは、人が深く自然と一体化することであり、風と私が、心の内で一つになることである。
 現代の優れた尺八奏者、田嶋直士氏との出会いがこの作品を生み出すきっかけとなった。