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細川俊夫《ヒロシマ・声なき声》8月29日にラインガウ音楽祭で演奏

2008年 8月 6日付

7月から8月にかけて、ヴィースバーデン、フランクフルト、リューデスハイムといったライン川流域にある都市を結んで開催され、数あるヨーロッパの夏の音楽祭のなかでも屈指の質と規模を誇るラインガウ音楽祭で、細川俊夫の《ヒロシマ・声なき声》他が演奏される。今年のラインガウ音楽祭にはアルフレッド・ブレンデル、ギドン・クレーメル、ヴェッセリーナ・カサロヴァ、クリスティーネ・シェーファー、ハーゲン弦楽四重奏団、ロリン・マゼール指揮ニューヨーク・フィルハーモニックら一流の演奏家、オーケストラが招かれており、細川俊夫は招待作曲家として、ポートレート・コンサートが8月28, 29日におこなわれる。演奏会の詳細は以下。

8月28日 ヨハニスベルク宮殿(ヨハニスベルク)
弦楽四重奏のための《沈黙の花》
笙と弦楽四重奏のための《ランドスケープⅤ》
弦楽四重奏のための《開花》
宮田まゆみ(笙) アルディッティ弦楽四重奏団
演奏会の詳細

8月29日 エバーバッハ修道院(エルトヴィル)
独唱、語り、混声合唱、テープ、オーケストラのための《ヒロシマ・声なき声》
ゲルヒルト・ロンベルガー(アルト)
WDR放送合唱団
WDR交響楽団
ルーペルト・フーバー指揮
演奏会の詳細


《ヒロシマ・声なき声》プログラム・ノート 

この作品は、バイエルン放送局の主催するミュンヘンの現代音楽祭「ムジカ・ヴィヴァ」(BMW作曲賞とARDドイツ放送協会)の委嘱作品として作曲した。この委嘱作品は、国籍の異なった3人の作曲家に与えられ、そのテーマは、「21世紀を迎え、伝統的な合唱、独唱、オーケストラを使った音楽で、こうした形の編成は新世紀に生き残ることができるか」というものであった。作品の内容は自由だが、一曲で一晩のコンサートが可能な、独唱者、合唱を伴う大きなオーケストラ作品を書いてほしいということだった。
 私は1989年に《ヒロシマ・レクイエム》第1楽章《前奏曲・夜》、第2楽章《死と再生》を書いた。それに1991年に《夜明け》を作曲し、これを第3楽章として、この《ヒロシマ・レクイエム》は全3楽章で完結したはずであった。しかしその後、この作品が日本とヨーロッパで何度か再演されるうちに、第3楽章が第1、2楽章の重みに比べて、簡単に終結してしまうことに不満をもち続けてきた。
 「ムジカ・ヴィヴァ」からの委嘱を受け、私はこの《ヒロシマ・レクイエム》をもう一度、創りかえる決心をした。1、2楽章はほぼそのままにして、第3楽章であった《夜明け》はこのレクイエムからはずし(この作品は、独立したオーケストラ作品として演奏されることが可能である)、新たに3つの楽章を書き加え、全5楽章の《ヒロシマ・声なき声》がこうして生まれた。

第1楽章《前奏曲・夜》
「ヒロシマ・レクイエム」の第1楽章とほぼ同じ。多少、オーケストレーションを改変した。何か恐ろしいものがやってくる予兆としての音楽。音響は洪水のように、海の波が押し寄せてくるようにやってくる。

第2楽章《死と再生》
2人の子供と、1人の大人の朗読は、『原爆の子』(岩波書店)から、取った。これはヒロシマの原爆にあった子供達の手記である。この手記を書いた子供たちは、ちょうど私の両親の世代である。合唱はラテン語のレクイエムのテキストを歌う。テープは、戦時中のラジオ録音等から編集した。(編集協力、フォンテック: 松田朗)

第3楽章《冬の声》
パウル・ツェランの詩『帰郷』による。冬の音風景。どこまでも続く墓の丘に降り積もる雪。歌が沈黙に浸透されていく。後半になって、円を描く時間が「空白」、「沈黙」に向かって、ゆっくり旋回していく。この沈黙の場所は、恐怖であると同時に、大きなやすらぎの時間、空間でもある。

第4楽章《春のきざし》
アルトが芭蕉の句『よくみれば、なずな花咲く垣根かな』を歌う。「よく見れば」、小さな目立たない花が、世界の片隅に懸命に咲いている。「よく聴き」、「よく感じられれば」春はもうそこまで来ている。

第5楽章《梵鐘の声》
梵鐘の一つの響きは、人の心を癒す力があるという。芭蕉の句『月いずこ、鐘はしづみて海の底』を合唱は歌う。月の見えない夜、深い静けさを持った海の風景。かつて梵鐘が海に沈んだという伝説がある。そこには聴こえない鐘の音が、海を奥底から聴こえてくるようである。合唱とオーケストラは、梵鐘の響きをイメージした音の形も持ち、何度も歌うことによって、鐘を虚空に向かってつこうとする。祈りの音楽。私がここ数年追求している梵鐘様式による音楽。

新しく書き加えられた3つの楽章は、それぞれ、第3楽章-ヘルムート・ラッヘンマンに、第4楽章-2000年に生まれた私の娘、恵里に、第5楽章-ヴァルター・フィンクに捧げた。
《ヒロシマ・声なき声》は、私がこれまで書いたもののなかで、オペラ《リアの物語》を除くと、もっとも長大なものであり、私のさまざまな音楽思想が集約されている。
なお、スコアの最初のページに次の言葉を引用させてもらった。
『東洋文化の根底には、形なきものの形を見、声なきものの声を聞くといったようなものがひそんでいるのではないだろうか。我々の心はかくのごときものを求めてやまない』 
西田幾多郎『働くものから見るものへ』の序文より

細川俊夫

《ヒロシマ・声なき声》のCDはフォンテックから発売されています(製品番号:FOCD3491)。